「3GPPと6G ― 標準化と技術動向」
スマートフォンが世界中どこでも通じるのは、通信の方式が国際的に統一されているからです。その統一ルール、すなわち移動通信システムの国際標準を策定しているのが、3GPP(登録商標)という団体です。日本のARIB・TTC、欧州のETSI、米国のATIS、中国のCCSA、韓国のTTA、インドのTSDSIという世界7つの標準化団体が集まって運営し、各国の通信・端末・半導体メーカーが会員として参加しています。「LTE」「5G」「6G」といった移動通信技術は、この3GPPが定める仕様に基づいています。標準化の現場では、どのような技術が議論されているのか―これを把握することは、標準必須特許(SEP)を扱う知財実務にとって、年々重みを増しています。本稿では、3GPPの歴史をたどり、この標準化についてご紹介します。
■名前は「第3世代」、扱うのは6G
団体名「Third Generation Partnership Project」は、第3世代(3G)に由来します。名前だけ見れば、いまや過去の規格である3Gを扱う団体のようにも映ります。しかし1998年の設立当初こそ3Gの標準化が目的でしたが、その後は4G(LTE)、5G、そして6Gへと世代を重ね、常に最先端を手がけてきました。それでも名称は変えていません。3GPPは公式に、この名を「自分たちが何者で、どこから来たかを示す標識(a marker of what we are and where we have come from)」として、あえて維持していると説明します。「3G」を冠しながら6Gを設計する―これが、この団体を語るときの面白さです。
標準は「リリース(Release)」という単位で、おおむね2年ごとに更新されます。4G(LTE)はRelease 8、5G(NR)はRelease 15で初めて規定され、Release 18からは5Gを高度化した「5G-Advanced」に入りました。リリース番号がどの世代・技術に対応するかは、標準を参照して出願を組み立てる際の基本的な座標軸になります。
■6Gは、すでに始まっている
6Gの標準化も、すでに動き始めています。6Gは2つのリリースにまたがり、まずRelease 20で「スタディ(研究)」(Study Item:SID)として何を盛り込むかを検討し、続くRelease 21で最初の6G規範仕様(normative specification)が策定される予定です。無線技術の研究は2025年後半頃から順次始まっており、Release 21は2028年12月に機能凍結(内容の確定)を迎える予定で、商用化は2030年前後が広く想定されています。国際電気通信連合(ITU)が「IMT-2030」と呼ぶ次世代像に対応します。
議論されている技術には、波形や誤り訂正符号の6G向けの再設計、AIを信号処理そのものに組み込む「AIネイティブ」、通信しながら物体の位置や速度を感知する統合センシング通信(ISAC)、衛星を使う非地上系ネットワーク(NTN)などが並びます。これから多くの重要な特許が生まれることを予感させます。
■標準化と特許―寄書という主戦場
標準化が活発な技術分野では、寄書と歩調を合わせて特許出願も大量に行われます。なぜ知財部が標準化を追うのか。標準に採用された技術が「標準必須特許(SEP)」になる可能性があるからです。その特許を使わなければ標準準拠の製品を作れない、という関係になれば、その特許は必須と見なされ、FRAND(Fair=公正、Reasonable=合理的(または妥当)、And Non-Discriminatory=非差別的)条件でのライセンスが求められます。自社技術を標準に組み込めれば、その特許は将来の果実として、事業を支える礎になり得ます。
この攻防が最も濃密に行われるのが、各社が会合に提出する技術提案文書、すなわち「寄書(きしょ)」です。RAN1という作業部会であれば「R1-260xxxxx」のような番号が付いた一つ一つの文書が、それにあたります。なお、3GPPの会合文書は「TDoc(Temporary Document)」という形式で一括管理されます。
これらの提案の多くは、各社の研究開発部門における研究の成果に基づいて作成されます。標準化の場は、技術のアドバンテージを競うと同時に、可用性、経済性、実現性を踏まえた特許の先陣を争う場でもあります。そして、これらの文書の多くや関連するメタデータは3GPPの公開サーバー(ftp.3gpp.org)等で誰でも閲覧でき、提案会社・技術分野・審議結果までが一覧化されています。
■おわりに
3GPPは「第3世代」の名を掲げたまま、2030年の6Gへと歩みを進めています。6Gは、単なる高速化ではなく、通信の役割そのものをより広げる標準技術になるでしょう。現場では、各社が寄書という形で技術と特許の先陣を争い続けています。―6Gという新しい世代の入り口に立つ今こそ、その価値は高まっています。本稿が、標準化という知財の主戦場に目を向ける一助となれば幸いです。