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特許審査官による明細書の読み方

技術第4部長 川村健一

 私は、元特許庁の審査官・審判官として、通算25年間、審査・審判業務に従事してきた経験を持つ弁理士です。主に機械や装置系の発明を担当していましたが、化学系の発明にも4年半の経験があります。これらの経験から、特許審査官がどのように明細書を読み進めていくかについて、私自身の経験からお話ししたいと思います。もちろん、他の審査官が必ずしも同じように読むわけではありませんが、私の経験上、多くの審査官が似たような流れで明細書を読んでいると考えています。この話が、明細書をどのように記載すればよいのかの参考になれば幸いです。

 

1. 発明のイメージを掴む

 審査官は、明細書全体を隅々まで読んで発明を理解することは少なく、最初に「特許請求の範囲(クレーム)」を読んで発明の概要を把握することが多いです。クレームには、発明の本質的な特徴が簡潔に記載されており、これを読むことで、発明がどのようなもので、どのような技術的課題を解決しようとしているのかをおおよそ把握できます。特に装置や機械系の発明においては、クレームを読めば発明の全体像をつかむことができることが多いです。

 また、権利範囲はクレームに基づいて認定されます。したがって、クレームに基づいて把握される範囲を審査対象の発明として把握します。クレームは審査官が発明を把握する基礎となりますので、明確に表現することが大切です。

 

2. 図面を確認

 クレームを読むことと並行して、審査官は図面を確認します。特に、発明のポイントが表れている図面を見ながらクレームを理解します。ただし、図面はあくまでも参考情報で、発明の把握はクレームに基づいて行います。図面に示された構成がクレームにどのように対応しているかを確認しつつ、他にどのような形態がクレームに含まれるかを想像しながら発明を把握します。

 

3. 発明の詳細な説明を読む

 図面に付されている符号を頼りに、明細書の中でポイントとなる構成や機能の説明を探し、そこを重点的に読みます。これにより、クレームで示された発明の具体的な構造や動作についてさらに深く理解することができます。発明の各構成要素について、できるだけ詳細に説明することで、審査官が正確に理解しやすくなります。

 

4. 明細書の冒頭部分を確認

 さらに、明細書の冒頭に記載されている「従来技術」「発明が解決しようとする課題」「発明の効果」等を確認します。これにより、クレームでイメージした発明が明細書全体と一致しているかを確認します。発明の課題や効果が発明の構成ときちんと対応していれば、進歩性の主張がしやすくなります。このステップは、場合によっては簡単に斜め読みする程度で済むこともありますが、発明がどのような課題を解決しようとしているかをしっかり理解するためには重要です。明細書の冒頭部分をしっかりと記載することで、審査官が発明の背景や意図を理解しやすくなります。

 

5. クレームが不明確な場合

 装置や機械系の発明では、実施可能要件やサポート要件が問題となることは少なく、クレームを読んで発明を理解できれば、明細書を詳細に検討することはあまりありません。しかし、クレームの文言が曖昧であったり、不明確であったりする場合には、明細書を丁寧に読み返し、発明の意図を明確に理解する必要があります。クレームを誤解されることのないように明確に記載することは、特許を取得するための重要な要素です。

 

6. 化学系の発明の場合

 材料や組成物などの化学系の発明は、クレームに含有物や組成比などが記載されている場合には発明の構成は明確です。しかしながら化学系の発明は、クレームだけでは作用効果などの発明の意義や実施可能要件を完全に理解することが難しい場合が多く、審査官は明細書の記載を慎重に確認します。特に細かな技術的背景や成分の具体的な配合比率などが重要となるため、クレームだけでなく実施例を含めた明細書全体の理解が必要になります。化学系の発明の場合、発明の構成や意義を理解できるように、明細書を詳細に記載することが求められます。

 

終わりに

 私自身の経験から、特許審査官は発明の本質を迅速に理解するために、効率的に明細書を読み進めることが多いと感じています。特に装置や機械系の発明では、発明を理解する際には「クレームを中心に読み、必要に応じて明細書及び図面を確認する」という流れになります。

 出願後にクレームや明細書を読んで審査するのは審査官です。発明を審査官に正しく伝えるためには、審査官がどのようにクレームや明細書を読むのかを理解する必要があります。クレーム及び明細書の役割を理解して発明が審査官に伝わりやすいように記載することが、特許取得への近道となります。

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