CATEGORY

中国国家知識産権局(CNIPA)2025年特許審査指南改訂の解釈

技術外国部部長 藤澤 英樹


AI技術の急速な発展に伴い、各国特許庁はAI関連発明の審査基準を相次いで整備・改訂している。グローバルに事業を展開する企業にとって、各国の審査実務の相違を把握することは、効果的な権利取得戦略の構築に不可欠である。特に中国は世界最大のAI特許出願国であり、その動向は国際出願戦略に直接影響を及ぼす。

 

―AI関連発明の審査基準はどう変わるか―


2025年11月、CNIPAは特許審査指南の改訂を公布し、2026年1月1日から施行された。本改訂はAI分野における審査基準の明確化を主眼としている。

1. 倫理・公序良俗要件の具体化(専利法5条1項)

1. 倫理・公序良俗要件の具体化(専利法5条1項)
改訂指南第二部第九章第6節(1)では、データ収集やルール設定等が法律・社会道徳に違反する場合には特許を付与しないことが明記された。

事例1「ビッグデータに基づくモール内マットレス販売支援システム」は、カメラモジュールと顔認識モジュールにより顧客の顔特徴情報を収集し、身元識別情報を取得して精密マーケティングに活用するシステムである。CNIPAは、商業施設での顔認識によるマーケティングは公共安全の維持に必要なものではなく、かつ顧客の認識なく情報収集が行われている点で個人情報保護法に違反すると判断し、専利法第5条第1項により拒絶されるとした。

事例2「自動運転車緊急意思決定モデル確立方法」は、歩行者の性別・年齢を障害物データとして取得し、回避不能な状況において保護対象と衝突対象を決定する深層学習モデルである。CNIPAは、性別・年齢に基づく保護対象の選別は生命に対する平等な権利に反し、社会における性別・年齢差別を助長するものとして、社会道徳違反により拒絶されるとした。

2. 創造性(進歩性)判断の具体化(例18・例19)

アルゴリズム特徴が進歩性に寄与するためには、技術的特徴と「機能的に支援・相互作用」し、非自明な技術的効果を達成することが求められる。

事例18「船舶数識別方法」は、画像中の船舶データをラベリングしてデータセットを作成し、畳み込みニューラルネットワークで学習させて船舶数を識別する方法である。引用文献には果物の数量識別方法が開示されていたところ、CNIPAは、船舶と果物では外観・サイズ・環境は異なるものの、実際の数量識別に必要なラベリング・データセット分割・モデル訓練の各ステップは画像中の対象物の位置関係に関するものであり、識別対象の変更に伴う深層学習・モデル構築・訓練プロセスへの調整・改良がクレームに反映されていないとして、進歩性を否定した。

事例19「スクラップ鋼等級分類ニューラルネットワークモデル確立方法」は、保管時に不規則に積み重なったスクラップ鋼を平均サイズに基づき等級分類するための方法である。引用文献にはスクラップ鋼の種類識別方法が開示されていたところ、本発明は混沌と重なり合ったスクラップ鋼画像から形状・厚さを識別するため、色・エッジ・テクスチャ等の特徴を抽出すべく畳み込み層とプーリング層の回線数・階層設定を調整した点に特徴がある。CNIPAは、これらのアルゴリズム特徴と技術的特徴が機能的に支援・相互作用の関係にあり、等級分類精度の向上という技術的効果を達成しているとして、進歩性を肯定した。

3. 明細書の十分開示要件の明確化(専利法26条3項)

改訂指南は、AIモデルの構築・訓練に関する出願では、モデルの必要なモジュール・階層・接続関係、訓練に必須の具体的ステップ・パラメータ等を明細書に明確に記載すべきことを要求している。また、具体的領域・シーンにおけるAIモデル・アルゴリズムの応用に関する出願では、モデル・アルゴリズムが具体的領域・シーンとどのように結合するか、入出力データの内在的関連関係等を明確に記載すべきことを求めている。

事例20「顔面特徴生成方法」は、顔面画像生成結果の精度向上のため、第一畳み込みニューラルネットワーク中に空間変換ネットワークを設定して顔面画像の特徴領域を確定する方法である。明細書には空間変換ネットワークの具体的位置が記載されていなかったが、CNIPAは、空間変換ネットワークは一つの全体としてモデルの任意の位置に挿入でき画像の特徴領域を識別する能力に影響しないことは当業者にとって公知常識であるとして、十分開示要件を満たすと判断した。

事例21「生物情報に基づく癌予測方法」は、訓練済みの悪性腫瘍強化スクリーニングモデルを用い、血液検査常規・顔面画像特徴等を入力データとして悪性腫瘍罹患予測値を出力する方法である。CNIPAは、どの血液検査指標と顔面画像特徴が悪性腫瘍判断精度と関係があるかが明細書に開示されておらず、当業者も確定できないとして、十分開示要件を満たさないと判断した。

4. 実務上の示唆

(1)倫理・公序良俗要件への対応
AI関連発明の出願においては、データ収集・処理の合法性を明細書中で明確に説明することが重要となる。特に顔認識等の個人情報を扱う発明では、個人情報保護法との整合性(同意取得の有無、公共安全目的の該当性等)を検討し、必要に応じてクレームや明細書に反映すべきである。また、意思決定アルゴリズムにおいては、性別・年齢・人種等の属性に基づく差別的な処理が含まれていないか、社会公徳の観点から事前に精査する必要がある。

(2)進歩性判断への対応
本改訂はEPOの「技術的効果」アプローチと方向性を同じくするが、アルゴリズム特徴と技術的特徴の「機能的支援・相互作用」をより明示的に要求している。単に既存AIモデルの適用対象を変更するだけでは進歩性は認められず、新たな適用領域の特性に応じたモデル構造・訓練プロセスの調整・改良を具体的にクレームに反映し、それによって達成される技術的効果を明細書中で明確に説明することが肝要である。

(3)十分開示要件への対応
AIモデルの構築・訓練に関する出願では、モデルの必要なモジュール・階層・接続関係、訓練に必須の具体的ステップ・パラメータ等を明細書に記載する必要がある。また、具体的領域・シーンへのAIモデル応用に関する出願では、入出力データの内在的関連関係を具体的に説明し、当該技術分野の公知常識に依存できない技術的手段については十分な開示を行うことが求められる。特に、入力データと出力結果の因果関係が自明でない場合には、その関連性を裏付ける技術的根拠を明細書中に記載すべきである。

おすすめ記事