米国特許出願の審査開始前に届く新しい通知 ― PIERとPre-Docketing Noticeについて
技術第5部 部長 吉野 潤
2026年4月から6月にかけて、米国特許商標庁(USPTO)は、特許出願の審査に関係する新たな3つのパイロット(試行)プログラムを相次いで開始または公表しました。
(1)PCT Informed Examination Request (PIER) Pilot Program(PCT国際段階情報を踏まえた審査意向確認パイロットプログラム)
(2)Applicant “Pre-Docketing Notice” Pilot Program(出願人向け「審査開始前通知」パイロットプログラム)
(3)Standards Participation and Representation Kudos (SPARK) Pilot Program(標準化活動への参加・代表支援パイロットプログラム)
このうち(3)SPARKは、米国所在の中小企業、大学、非営利団体等による標準化団体への参加を促すための制度であり、日本の出願人一般への影響は比較的限定的であると思われます。一方、(1)PIERおよび(2)Pre-Docketing Noticeは、日本の出願人の米国特許出願にも影響し得る制度です。そこで、本稿では、これら2つの制度について概要と実務上の注意点を説明します。
1. USPTOの狙いと2つの制度の違い
PIERとPre-Docketing Noticeは、いずれも、実体審査が本格的に始まる前に、出願人に出願内容の見直しを促す制度です。
USPTOとしては、審査官に出願が割り当てられる直前の段階で、出願人に、予備補正、情報開示陳述書(IDS)、権利者情報の確認、不要な出願の放棄等を検討させることにより、審査の効率化や滞貨の削減を図ろうとしているものと思われます。
もっとも、両者には重要な違いがあります。PIERは、PCT国際出願に基づいて米国国内移行された出願を対象とし、国際段階で作成された国際調査報告(ISR)、見解書(WO/ISA)、国際予備審査報告(IPRP)等を踏まえて、米国での審査を進めるかどうかを確認する制度です。
これに対し、Pre-Docketing Noticeは、米国の係属中の通常の特許出願について、実体審査のために審査官へドケットされる見込み時期が近づいたことを知らせる通知です。
また、PIERでは応答が必要であり、応答しないと出願が放棄になります。一方、Pre-Docketing Noticeは情報提供的な通知であり、応答は不要です。この点は、実務上特に注意すべき違いです。
2. PIER (PCT Informed Examination Request) Pilot Program
PIERは、米国特許法第371条(35 U.S.C. 371)に基づくPCT国内移行出願のうち、まだ実体審査が行われていない出願を対象とするパイロットプログラムです。
PIERは、2026年4月9日から2027年4月9日まで実施される予定です。USPTOは、制度の有効性を評価するためにさらに情報が必要であると判断した場合には、プログラムを延長する可能性があると説明しています。
PIERに関するUSPTOの公式情報は、以下のページで確認できます。
USPTO公式ページ
https://www.uspto.gov/patents/basics/international-protection/patent-cooperation-treaty/pier-program
Federal Register Notice
https://www.federalregister.gov/documents/2026/04/09/2026-06903/pct-informed-examination-request-pilot-program
USPTOは、PIERの対象出願を自ら選定します。開始当初は、5~6か月以内に実体審査のため審査官にドケットされる見込みの出願の一部を選定し、国際段階の成果物において、少なくとも1件のXまたはY分類の引用文献が挙げられている出願を優先するとされています。
PIERの対象として選定されると、USPTOは米国連邦規則第37巻第1.105条(37 CFR 1.105)に基づく情報要求(Requirement for Information。以下「PIER通知」といいます。)を発行します。出願人は、USPTOの指定フォームであるPTO/SB/478を用いて、審査を進める、審査を12か月遅らせる、出願を明示的に放棄する、のいずれかを選択して応答する必要があります。PIER通知への応答期間は通常2か月であり、最長6か月まで延長可能です。
当所でも、すでに多数のPIER通知を受領しています。当所でPIER通知を受領した案件を見る限り、国際段階において多くの請求項について新規性および/または進歩性が否定されており、かつ、米国国内移行段階において実体的な内容の変更を伴う予備補正を行っていない出願が多いように感じます。ただし、この点はあくまで筆者の実務上の感覚であり、USPTOが公式に明言しているわけではありません。
PIERで最も注意すべき点は、応答しないと出願が放棄になることです。PIER通知は実体的な拒絶理由通知ではありませんが、応答義務のある通知です。そのため、PIER通知を受領した場合には、通常の庁指令(Office action)と同様に期限管理を行い、応答方針を検討する必要があります。
なお、PIER通知への応答として明示的放棄を選択しても、通常、すでに納付したUSPTO費用の返還は期待できません。PIERのFederal Register Noticeでは、PIER通知は米国特許法第132条(35 U.S.C. 132)に基づくOffice actionであるため、米国連邦規則第37巻第1.138条(d)(37 CFR 1.138(d))に基づく調査料および超過請求項料金の返還は利用できないと説明されています。したがって、PIER通知に対して放棄を選択することには、将来の費用を抑える効果はありますが、納付済み費用の返還を受ける効果は基本的にないと考えるべきです。
3. Applicant “Pre-Docketing Notice” Pilot Program
Pre-Docketing Noticeは、米国の係属中の通常の特許出願(実用特許の非仮出願)について、実体審査のために審査官へドケットされる見込み時期が近づいたことを、出願人に事前に知らせる通知です。
USPTOは、2026年5月29日付のPatent Alertにおいて、このパイロットプログラムを公表しています。当所でもすでにPre-Docketing Noticeを受領しており、制度の運用は開始されているものと理解しています。なお、USPTOの同発表において、固定された終了時期は確認できません。
Pre-Docketing Noticeに関するUSPTOの公式情報は、以下のページで確認できます。
USPTO Patent Alert
https://www.uspto.gov/subscription-center/2026/applicant-pre-docketing-notice-pilot-program
USPTOの説明によれば、Pre-Docketing Noticeは、実体審査のために出願が審査官へドケットされる予定日の約3か月前に送付されます。この通知は、出願人に対し、発明者情報、権利者情報その他の出願関連情報を確認し、必要であれば訂正または更新する機会を与えるものです。また、USPTOは、審査の効率性および有効性を高めるため、出願人がPre-Docketing Noticeをきっかけとして、予備補正、IDS、その他の書類を提出することを想定しています。
Pre-Docketing Noticeの大きな特徴は、応答が不要であるという点です。何もしなければ、通常どおり審査に進みます。
もっとも、Pre-Docketing Noticeを単なるお知らせとして処理してしまうのはもったいないと思います。この通知を受領したということは、その出願の実体審査が比較的近い時期に始まる可能性が高いことを意味します。したがって、米国審査を見据えて予備補正を行うべきか、そもそも権利化を継続する必要がある出願か、といった点を確認しておくことが望ましいと考えられます。
Pre-Docketing Noticeの場合、PIERとは異なり、通知を受けたこと自体によって費用返還の可能性が当然に失われるわけではありません。USPTOも、出願人が特許保護を希望しない場合には明示的放棄を検討でき、米国連邦規則第37巻第1.138条(d)(37 CFR 1.138(d))の条件を満たす場合には、調査料および超過請求項料金の返還を受けられる可能性があると説明しています。もっとも、返還の対象となり得る費用は限定されており、また条件を満たす必要があるため、実際に放棄を検討する場合には個別に確認する必要があります。
4. おわりに
PIERおよびPre-Docketing Noticeは、いずれも、実体審査前の段階で出願人に判断を促す制度です。特にPIERは、応答を怠ると出願が放棄となるため、通常の拒絶理由通知と同様に慎重な期限管理が必要です。
これらの制度は、USPTOが審査開始前の段階で出願人に出願の必要性や内容を再検討させる方向に動いていることを示すものといえます。米国出願については、審査開始前の段階でも、請求項、IDS、権利者情報、事業上の必要性を改めて確認することが、今後さらに重要になると思われます。